2026年4月28日

AlphaTheta Designと共にSLABを生み出した
プロダクトデザイナー・Chris Pearceの哲学

SeratoとAlphaThetaが共同開発した音楽制作ソフト・Serato Studio専用のMIDIコントローラーであるSLABは、イギリス出身で現在は東京を拠点に活動するプロダクトデザイナーのChris Pearceと、AlphaThetaのデザインセンターとの共鳴で誕生した製品。

Chris Pearceは2023年に東京オフィスが閉鎖するまでデザインコンサルティング会社・IDEOに在籍し、現在はフリーで活動。機材購入欲に悩まされる生粋の音楽機材オタクです。そんな彼にクリエイティビティの源泉やデザインと音楽との向き合い方、そしてSLABのコラボレーションやAlphaThetaのプロダクトデザインについてインタビューしました。

AlphaThetaとのコラボレーションで生まれたSLAB

──AlphaThetaのデザインセンターと仕事をすることになったきっかけは?

私が以前在籍していたIDEO Tokyoで、AlphaThetaとの会議に同席させてもらった時が最初でした。その時の内容はプロダクトに関する会議ではなかったんですが、内心では「一緒にプロダクトを作りたい」と思っていたので、次の打ち合わせまでの間にIDEO社員でDJをやっている人にインタビューをして、インサイトをまとめ、コンセプトを考え、プロダクトの提案書を作りました。その後フリーになった際に、「今は独立しています。ぜひ一緒に仕事をしましょう」と改めて連絡をしました。

──そしてSLABのコラボレーションへ。プロジェクトに携わった感想は?

SLABの依頼を受けたときは、すでにユーザーフィードバックがまとまっていて、レイアウト案など明確な方向性もある状態。僕が担当したのは、マテリアルやカラー、グラフィック、レイアウトの調整などです。Serato Studioをダウンロードするところから始めたので、新規ユーザーの気持ちで使うことができて、インタラクションの改善点なども見えてきました。

──デザインするにあたって、特にこだわった点を教えてください。

大きなダイアルがあるのですが、それはサイズや位置、触ったときの感触などにこだわり、そしてMIDIコントローラーの顔でもあるパッドエリアも重要視しました。どうすれば個性的な佇まいになるのかを考え、シリコンの色、触り心地、ライト、マスキングなども駆使しましたね。具体的に担当したのは、見た目や感触、プロポーションのチューニング、3Dプリントやレンダリング、寸法の調整といった作業。シンプルな造形と高い精度が要求される案件でした。

▲A4サイズ以下の薄型の筐体で、持ち歩きやすい仕様に。
 

──AlphaThetaのプロダクトデザインに触れ、何を感じましたか?

ブランドが進化している今だからこそ、プロダクト全体を俯瞰して、一貫したデザイン言語をもっと強めることができるだろうなと思います。製品の質はすでに素晴らしいので、次のチャレンジはブランドの強化。プロダクトデザインにはブランドを形づくる大きな力があり、細部の判断も単なる製品ディテールではなく、ブランドのステートメントにもなりうると思います。

その連携を高めるには、デザイナー、エンジニア、マーケター、ブランドチームが初期から一緒に動くような、部門横断のコラボレーションが鍵。日本の企業ではエンジニア主導でデザイナーはあとから入ることが多いのですが、たとえばユーザーリサーチからデザイナーを巻き込むと、感情的反応や使い勝手に関する新しい気づきが得られて、エンジニアでは見落としがちな点も拾えます。あらゆるチームが文字通り「肩を並べて」並走することで、より良いアイデアと速い前進が生まれますし、驚くほど多くの発見が生まれるのではないでしょうか。

音楽からものづくりに興味を持ち、プロダクトデザインの道へ

──子どものころからクリエイティブなことに興味・関心はありましたか?

子どものころは小さな木や建物でジオラマを作って遊んでいました。あと家が建てられるプロセスを追う番組がイギリスで放送されていて、「何かをイチから作ってみたい」と思ったのを覚えています。最初に自分で何かを作り始めたのは音楽。9歳くらいのときにナイロン弦のギター、10歳か11歳くらいのクリスマスにBOSSの8トラックのポータブル・レコーダーを父に買ってもらって、本格的に曲づくりを始めました。CDに録音できるもので、自作の曲を録ってはやり直してを繰り返していましたね。それが自分のものづくりの出発点です。

──その当時、音楽のジャンルで憧れていた人はいましたか?

ロックやメタルの定番バンドはひと通り好きで、中でも父がレッド・ツェッペリンのベスト盤を持っていて、そのアルバムの曲はたくさん練習しましたね。そのうち自分でメタルの曲を作るようになって、BOSSのレコーダーのドラマーモードという機能でキック・スネア・ハイハット・クラッシュなどのボタンをカチカチと押して、ダブルキックを録音していました。とても手間はかかりましたが、制約がある中でもなんとか工夫をすればやってしまえるものですよね。

デザインを生業とする者として当時を振り返ると、その制約が発想力を鍛えてくれたと思います。あと、そういう実験ができる環境が家にあったのは恵まれていました。いわゆる“ベッドルームプロデューサー”というコンテクストはすごく大事で、人目を気にせずに自由に創作できる“セーフスペース(安全な空間)”は、創造性を育むうえで重要な環境だと思います。

──その後はプロのミュージシャンを目指していくのですか?

高校で音楽テクノロジーの授業を専攻して、ノートパソコンと音楽制作ソフトのLogicを手に入れたことで世界が変わって。ギタリストとしての上達よりも曲をまるごとプロデュースしたいと思うようになって、当時はヒップホップをサンプリングしてビートを作っていました。

それでも将来的には、デザインの道に進みたいと考えていました。デザイン&テクノロジーという授業もあって、美術ではなく技術寄りの授業で木工や金属加工に触れ、「手に取れるものを作ることが自分は好きなんだ」と気づいたんです。祖父が大工だった影響も大きいですね。

自分のものづくりの興味が、「デザイン」と「音楽」の2つに分かれた時期でした。その後、4年制のラフバラー大学に進学する際に建築の道も考えましたが、建築だと建物しか設計できないけれど、プロダクトデザインなら何でも設計できると考えてその方向に進みました。

インダストリアルデザインのキャリアで得た学びと発見

──大学卒業後は、どのようにキャリアをスタートしましたか?

まず大学3年生のときにロンドンで半年、2社でインターン。その後は香港に渡って半年、Herman Millerのアジアチームにインターンとして所属して、アジア市場向けのプロダクト制作に関わりました。そして卒業後はブリストルに移って、インダストリアルデザインのコンサルティング会社に就職。そこは医療機器に強い会社で、会社の半分がデザイナー、半分がエンジニアだったので、キャリア初期からエンジニアと密に仕事をしていました。

インダストリアルデザインといっても、家具や照明などアート寄りのプロジェクトをメインにやるデザイナーもいますが、僕は最初からエンジニアリング寄りの仕事が多かったです。

──そのキャリアの方向性は、意図的に選んだ道だったのですか?

もともとはアート寄りの仕事をするつもりでしたが、エンジニアと仕事をする過程において、技術的な側面に惹かれていきました。就職した会社のエンジニアは優秀で、彼らが素晴らしい構造や仕組みを考えてくれて、僕はそのプロダクトをどう使いやすくするかという部分をデザインする担当。医療製品のデザインは人の生死に関わる重大なことで、手に取った瞬間に直感的に使い方がわかるように設計する必要があったため、とても多くのことを学びました。

──さまざまな学びを得てその後、IDEOに入社するのですね。

ブリストルの会社では3年ほど働き、大学で出会った妻と暮らしていて街としては好きだったのですが、あるときから挑戦になるような環境に行ったほうが自分にとってはいいと気づいたんです。アジアの都市でデザインカルチャーが根付いている都市を探していた中で、第一候補として挙がったのが東京。それに妻も賛成してくれて、ふたりとも仕事を辞めて、仕事のあてもないまま東京に移住しました。お互い若いからこそできたことだなと思っています。

そして2017年の10月に、IDEO Tokyoの求人を見つけました。世界中から応募が来るとわかっていたので、少しでも有利になるために応募時点で日本にいる状態にしようと決めて、翌年の正月に引っ越して、住所が決まったらすぐに応募。運よく3月に内定をもらいました。

IDEOでは多岐に渡るプロジェクトに関われて、見える世界が変わりました。未来志向のコンセプトワークや実験的なデザインプロジェクトが多い中、純粋なインダストリアルデザインの案件も。2023年末にIDEOの東京オフィスがクローズするまで5年働いていました。

制約から自由を与える音楽と、構造とルールを与えるデザイン

──その後に独立されるわけですが、元々その意思はあったのですか?

IDEOに入社して3〜4年目あたりから、独立は意識し始めていました。IDEOでは一般的なインダストリアルデザインの範疇にはない仕事も担当させてもらいましたが、自分はリアルなプロダクトとして世に出る案件を、クライアントと共に形にしていきたいと思ったんです。東京オフィスが閉鎖されたのは残念でしたが、自分としては独立への背中を押された感じでした。

──独立してからは、どんなプロジェクトを手がけているのですか?

やはりテクニカルなデザインを求めるクライアントと相性が良いと感じます。ただ美しくすることを求められるよりも、機能も含めて考えることを求められる案件を優先しています。関わる案件は、何かしら革新的な技術や、製品カテゴリーを前進させるような機能面のパラダイムシフトを起こすものが多い。そのためにはエンジニアとの密な連携が必要で、技術プロセスを理解して、開発に貢献できるデザイナーであることが自分の強みだと思っています。

──アイデアやインスピレーションはどこから湧いてきますか?

常に頭の中ではプロジェクトのことを考えているので、実際に手を動かすときにはすでにアイデアがいくつか練ってある状態。白紙の状態で悩むということはあまりないですね。あと経験するあらゆるものから吸収します。たとえばインスピレーションを求めて競合製品ばかりを見てしまうのではなく、ラップトップのスピーカーをデザインしていて行き詰まったら、まったく違うスニーカーのアウトソールの形状から着想を得られるかもしれない。そういう分野を超えた発想は偶然の出会いの中でしか生まれないので、とにかく外に出るようにしています。

──デザインにおいて行き詰まったときはどう解決しますか?

ひたすら考え続けて解決するしかない。それはロジックの領域。どう形を繋げるのか、どう機能を動かすのか——それは純粋な問題解決で、デザインではときに必要になってきます。

デザインに没頭しすぎて、論理的に物事を考えすぎてしまうときはありますが、そんなときは気晴らしに音楽を作ります。そうすると「もっと自由に表現していいんだ」と思い出させてくれる。もちろん、すべてのデザインに情緒的な表現が必要なわけではないですが、ロジックと感覚的表現の間を行き来することで感化されるというか、良い刺激になります。

陰と陽のような関係ですね。音楽は制約から自由を与えてくれて、デザインは構造とルールを与えてくれる。どちらもクリエイティブな行為ですが、使う脳の部分が違います。

音楽との向き合い方と機材への探究心がもたらす変化

──現在、メインで使っている機材があれば教えてください。

常に変わっていますが、今はElektron Analog Rytmをドラムに使い、Intechのモジュラーコントローラーを2台、サンプル用にDigitakt、ベースはMoog Minotaur。シンプルなモノシンセですが最高です。ちょっと設定を変えるだけで音の鳴りが変わるような“スイートスポット”が無数にあり、画面上のパラメータをいじるのとはまったく違う、物理的で空間的な体験です。

コンパクトなシンセセットも欲しかったので、Yamaha Reface CSを買い、エレクトリックピアノ用にReface DXも手に入れました。でも部屋が狭いので、両方を分解して1つの筐体にまとめ、キーボードも1台に統合。長い工程でしたが、今は完璧なデュアルシンセセットになっているので、これで「音楽を作る時間がない」なんて言い訳はできません。

──機材の変化によって作る音楽のスタイルも変わりましたか?

今はハウスが中心です。DAWならどんなジャンルでも作れますが、ハードは機材によって得意なジャンルが決まってきたりもするので、自然とハウスに強い機材が揃ってきている状態ですね。買いすぎて、売らなきゃいけない機材が山積み状態。GAS(Gear Acquisition Syndrome:機材購入症候群)という言葉があるのですが、完全にそれになっています。

──デザイナーとしてキャリアを築いている今、音楽とはどう向き合っていますか?

最近はハードウェアで音楽を作ることが好きです。デジタルで制作するのも好きですが一時期、DAWや音楽制作そのものに飽きてしまって。特に仕事が忙しくてクリエイティブなエネルギーをすべて仕事に使い切った日は、そのあとに趣味で音楽制作をやる元気がなかったんです。

ただしものづくりで行き詰まったときは、ツールやプロセスを変えると効果的だと知っていたので、音楽制作の環境を変えてみました。ここ数年はドラムマシンやサンプラー、キーボード、シンセといった機材をいろいろと試して、買っては売ってを繰り返しています。

ある意味、ハードウェアでの制作は原点回帰。BOSSの8トラックレコーダーを使って作曲していたときの感覚を思い出しますし、手を使って音楽を作るという喜びを再発見しました。やはり物理的に触れることはリアルで、魂が宿りますし、デジタルにはない魅力があります。

フィジカルの重要さを再確認できますし、インダストリアルデザイナーになった理由にも繋がります。音楽とデザイン、この2つの道がようやく交わったような気がしています。

Photo:kaoru goto

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