2026年4月28日

あるべき姿を形に。
音楽カルチャーを支えるAlphaThetaのデザイン

クラブのフロア、フェスのステージ、スタジオの一角……世界中の音楽シーンで当たり前のように使われているDJ機器の多くに刻まれたロゴ──Pioneer DJ。その名前はもはや、DJ機器の代名詞と言っても過言ではありません。そしていま、そのPioneer DJのDNAを継承しながらも、新たなフェーズへと歩みを進めた企業があります。それがAlphaTheta(アルファシータ)株式会社。

DJ機器の分野で世界トップシェアを誇る会社がブランド刷新とともに問い直すのは、デザインのあり方そのものであり、その中核を担うのが社長直轄の組織「デザインセンター」。 ブランド・プロダクト・デジタルという3領域を横断しながら、音楽体験を見た目の美しさや機能美を通してデザインとして向き合うチームです。

今回話を聞いたのは、AlphaTheta株式会社・代表取締役社長の片岡芳徳、デザインセンター長の三笠政之とプロダクトデザインスタジオ長の蔵本高弘。 過去から学んだ上で、未来に向けて、あるべき姿からデザインする──AlphaTheta株式会社のデザインセンターは、音楽カルチャーのいまを本気で描こうとしています。

▲左からデザインセンター長の三笠政之、代表取締役社長の片岡芳徳、プロダクトデザインスタジオ長の蔵本高弘。

「Pioneer DJ」と「AlphaTheta」
リスペクトを込めた新たなスタート

まずAlphaThetaブランドは、Pioneer DJの存在を抜きには語れません。遡ること1994年に世界初のフラットトップ型DJ用CDプレーヤー・CDJ-500を発売して以来、Pioneer DJはプロフェッショナルDJのスタンダードとして音楽を愛する者たちに広く支持され、シーンを牽引してきました。

現在、代表取締役社長を務める片岡芳徳は、その中心にいた人物です。1993年にパイオニア株式会社に入社し、初代CDJの設計エンジニアとしてキャリアをスタート。15年以上にわたってDJ機器の開発に携わり、その後は企画部門、アメリカ赴任を経て、2019年に帰国。そして2020年に、Pioneer DJ から新たな社名に生まれ変わったAlphaTheta株式会社の代表取締役社長に就任しました。

「Pioneer DJは25年以上の歴史があり、お客様からの信頼がとても厚いブランドです。一方で従来のお客様の期待に応えることと、新しい世代のお客様の期待に応えることのズレが生じていた時期もありました。Pioneer DJは質実剛健で、間違いのないような表現が求められる存在。しかし、いまの新しい世代のお客様は洗練や親しみやすさ、美しさなどを求めるという方も多くいらっしゃいます。そういった表現をしていく上では、Pioneer DJをもちろんリスペクトしながらも、勇気を持って一歩を踏み出し、新しい表現に挑戦していきたいと思ってスタートしたのがAlphaThetaブランドです」(片岡)

新卒でパイオニアデザインに入社し、AlphaTheta株式会社の前身となるプロSV(サウンド&ヴィジュアル)事業のデザイン担当を経て、パイオニアからの独立に合わせて転籍したのが蔵本。AlphaThetaブランドの立ち上げ期には、積み重ねてきた歴史への想いなどから感情的な揺れもあったと振り返ります。

「会社名がAlphaTheta株式会社になったのが2020年で、本格的にPioneer DJから切り替わるタイミングが2024年だったのですが、最初は“自分の会社じゃないみたいだ”と感じたことも。ただし、これまでの文脈はあるにしても新しくブランドを立ち上げることや、世界的なブランドを刷新していくチャンスに恵まれることはそうそうない。AlphaThetaブランドのバリューを掲げてから入ったメンバーも増えてきて、新たな機運が生まれています」(蔵本)

デジタルマーケティング企業や独立を経て2016年に入社し、DJプロダクトのデジタルデザイン領域を担当し、現在はデザインセンター長を務める三笠も変化を感じていました。

「Pioneer DJ時代のデザインは、既存のお客様への影響を考えて、なかなか踏み切れないこともありました。AlphaThetaブランドになってからは、既存のお客様を大事にしつつ、未来のお客様に向けてのチャレンジをやりやすくなった感覚はあります。例えばポータブルオールインワンDJシステムのOMNIS-DUOは、既存製品との大胆な差別化を図ってチャレンジしたコンセプトの商品になっています。(国際的に権威のあるデザイン賞「Red Dot Design Award 2025」のプロダクトデザイン部門Best of the Bestを受賞)。ものづくりにおける幅が広がり、プロダクトの多様性も会社として体現できたことで、売上も着実に伸びています」(三笠)

▲OMNIS-DUO

AlphaThetaが目指している姿勢と
デザインセンターという“意思表示”

AlphaTheta株式会社におけるデザインセンターとは、単なる制作部門やコストセンターにとどまらず、価値を生み出す存在へと成長しています。社長直轄の組織として独立していること自体が、「デザインを重要な経営資源として扱う」という強い意思表示でもあると言えるでしょう。そしてその転機となったのが、2019年に片岡がアメリカから戻ってきたタイミングです。

「私がアメリカへ渡る前、上司がデザインへのこだわりの強い方で、どうすれば優れたデザインになるのか、お客様に気に入ってもらえるのかを何度もやり直しながら日々議論していました。その後、アメリカで販売やマーケティングなどを担当する中で日本の商品を見たときに感じたのは、包み隠さずに言うと“商品を体現しているデザインの質が落ちているのではないか”という懸念。そういった想いが私自身の中にありましたので、日本に戻ってきたときに当時の社長に“自分の直轄で見させてください”と直談判し、そこから現在に至ります」(片岡)

片岡がデザインセンターのメンバーに伝えるのは、「あるべき姿」から考える姿勢。

「できそうなことを考える前に、あるべき姿であるお客様が欲しい姿を目標にしていこうと。まず形にできるかどうかというよりも、どうすればお客様が使いやすく、商品を気に入ってもらえるのかをしっかりと考え言語化し、商品を正しく表現していく。そうすることで他の部門との衝突が生まれるかもしれませんが、それも必要な工程であり、できないということを認識することも重要なこと。いまはできないかもしれませんが、“いつかはやってやる”という気持ちも大事ですから」(片岡)

業界として直面する大きな変化のひとつが、ユーザー層の多様化です。かつてターゲットの中心は、クラブでプレイするプロフェッショナルDJでした。しかしいまは自宅で配信をする人、趣味でDJを始める人、音楽制作がきっかけで機材に触れる人まで、幅広い層がターゲットになっています。

「現時点では目標に向かっている過程ではありますが、2020年のときと比べて、お客様やカルチャーが何を求めているのかをデザインとして定義し、それに基づいて設計や技術も同じ方向を向いて進むプロセスに変わってきました。そうなったときにデザインセンターとしては、本当にお客様やカルチャーが求めているもの、使いやすいもの、楽しくなるものをもっと研究してアウトプットしていかなければいけないと感じています」(三笠)

プロダクトデザインをずっと生業にしてきた蔵本は、当初はそのプロセスに順応するのに時間を要しましたが、いまでは会社から受けるデザインセンターへの期待にやりがいを感じています。

「“制約は創造の母”という言葉があるように、ある種の設計要件によってアイデアが生まれると思ってやってきたので、最初は理解が追いつかない部分もありました。ただし昨今はデザインを大事にしている会社が多い中で、AlphaTheta株式会社はデザインセンターが社長直轄ということからもわかるように、会社全体としてデザインを大事にしていますし、デザインの力に期待してくれている。それはすごく励みになりますし、デザインセンターにとって強い追い風になっています」(蔵本)

領域横断でクリエイティブを交差
プロダクトのAlphaTheta“らしさ”

AlphaTheta株式会社におけるデザインセンターの強みは、“ブランド・プロダクト・デジタル”という3領域を横断するデザイン環境にある。その事例として蔵本がまず挙げるのは、2025年の12月に発表したばかりの、Serato Studioとの共同開発によるMIDIパッドコントローラーのSLAB

「SLABは直感的に操ることが可能な初のSerato Studio専用MIDIパッドコントローラーで、プロダクトデザイン自体もA4サイズ以下の薄型で持ち歩きやすく、カラーは全体をグレーで統一するなど、従来のプロダクトとの相違点がたくさんあります。ロゴデザインをどうしようか、どういう箱に入れてどうやって開けてもらおうかなども含め、デザインセンターが主導して他の領域を横断しながら、一気通貫で取り組むことができた事例。統合価値やひとつのパッケージとして、一貫したCX(Customer Experience)のデザインにチャレンジできたと思います」(蔵本)

▲SLAB(Photo:kaoru goto)

そしてもうひとつ事例として挙げられるのが、世界的に高い評価を得るプロフェッショナルDJプレーヤーの次世代フラッグシップモデルで、フロント部に搭載したNFCタッチエリアによって、スマートフォンをかざすだけでオンラインメディアに瞬時にアクセスできるCDJ-3000X

「これまでのDJのメディアはUSBメモリ、さらにその前はCDあるいはレコードでしたが、クラウドにワンタッチでログインできることを、”NFCタッチエリア”を搭載したCDJ-3000Xで提案しました。タッチしたあとに画面がどうなるのかはデジタルデザイン領域、どんな外観にするのかはハードウェア領域、ピクトグラムはグラフィックデザイン領域と、横断しながら何回もやり直しを重ね、文字通り総出で取り掛かった事例でした。”NFCタッチエリア”はUSBメモリに変わって、DJをするときにアクセスする”最初の玄関”になりえるインターフェイス。CDJ-3000Xが最初であるため、ここで間違ってしまうと今後に波及してしまう緊張感はありました。この先、“まだUSBメモリを使ってるんだ”と言われるぐらいの存在になってほしいなと思います」(蔵本)

▲CDJ-3000X

AlphaTheta株式会社におけるデザインセンターを軸にした体制の強みという点に関して、良い循環で動き始めている現在の状態を、三笠は“セッション“という言葉を使って表現しました。

「プロダクトのデザイナーがWebやアプリに口を出すことも逆もあって、自分の領域はここまでと線を引かないようにしています。これは誰の仕事かではなくて、どうすればより良くなるかを意識して動いているイメージですね。途中から一緒にやるとなったケースでも、“セッション”と言うと大袈裟かもしれませんが、パッと意思疎通が噛み合うようになってきました。さらには自分の専門外の視点が入ることで、“あ、そんな考え方もあるのか”と気づかされることが多いのも学びになりますし、それがチームとしての強みや活性化にも繋がっています」(三笠)

“おもてなし”の精神が宿るデザイン
AlphaThetaが目指していく未来

そして最後に代表の片岡は、AlphaThetaブランドが目指していく未来をこう締めました。

「デザインというのは、“おもてなし”。それは見た目の美しさだけではなく、細かなところに行き届く気遣いもデザインに宿るので、その点に関してしっかり取り組んでいきたいというのが前提としてあります。それと挑戦という言葉からイメージするのは、Pioneer DJが培ってきたデザインに、AlphaThetaブランドのデザインはまだ勝てていないという感覚。大谷翔平選手が“憧れるのをやめましょう”と言っていましたが、Pioneer DJにリスペクトをしっかりと持ちながらも、AlphaThetaブランドでPioneer DJを超えられるような、お客様にも“AlphaThetaらしいデザインだよね” と認めていただけるようなデザインを生み出していきたいと考えております」(片岡)

AlphaThetaブランドが目指すのは、机上で完結するデザインではなく、現場に立ち、人と話し、生の声を聞き、その中で生まれるリアルな感情をプロダクトにすること。それは単なる“モノ”づくりではない、まさに“体験”づくりであり、そしてその根底にはカルチャーの発展に寄与したいという純粋なパッションが存在しています。音楽カルチャーの未来はまだ白紙であり、そのキャンバスにAlphaThetaブランドはどんな景色を描くのか──デザインの力で切り拓く、未来への挑戦はすでに始まっています。

Photo:Ryoma Kawakami
Interview&Text:RASCAL(NaNo.works)

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